カテゴリ:こころもよう( 35 )

1ヶ月遅れの誕生日プレゼント!!

昨日は私の休日で、午前中のとんぼ玉教室の後はの~んびり
久しぶりに食料品を買い込んで鍋いっぱいシチューを作った
ベビーホタテとシメジ2種と牛乳をたっぷり入れた
それに買い置きの山芋と玉ねぎ、食べるときに春菊の茎のバター炒めを混ぜる
自分で作れば安上がりな上、寒い日にはことさらうまい
昨日今日と寒い、昨日は最低気温19度、最低気温が14度だった
遅い昼食から夕飯、夜食、今朝の朝食まで食べてまだ残っている
今夜も毛布に包まってシチューで温まろう

昼すぎ川崎にいる娘から小包が届いた
富士山近くの神社のお守りと黄緑色の縄編みの大きなマフラー
マフラーは自分用にネット注文したが色が気に入らなかったらしい
私の誕生日祝いにくれると言っていた
私の錆朱色のマフラーが欲しいと言うから交換の約束をした
いい色じゃないの。ありがとうと電話をしたら元気のない声、風邪を引いたという
本土の冬も2年目になった娘、仕事が定まらず収入も不安定で生活が乱れている?
1月でパソコン教室も終わって、事務を経験してみたいと就職活動をしているとか
近く3社と面接すると言ったのは先月末だったが…今は聞くまい

先月末に、職安で知り合った友人にスノボに誘われたからお金を貸してと電話があった
長野まで夜行バスで行ってスノーボードて遊ぶ企画らしい
長野までと思わずに「行く」と言ってしったが、金額を聞いて「しまった!」と思った
しかも友人が立替払いをしてしまったので、引っ込みがつかなくなったとか
緊縮財政の娘にはひねりだせない出費で、私に出世払いで借りようという話
旅行なのねと聞いたら「いや!」と言う。本人は旅行の意識はないようだ

「あんたよ~!」と言いながらもすぐ振り込んだ私、甘い親だね
でも、友人との旅行なんて、度々あることでもなかろうし、
親に文句言われながら借金しても楽しくはないだろう。気持ちよく楽しんでくればいい
私も高校卒業前だったか、親掛かりでウエアまで買って、友人とスキーに行ったしね
後にも先にもスキーはあれっきり。楽しかったし、思いでも深い。
娘には私の経済状況を教えてあるから、無茶な借金は言わないだろうと思っている
どうだったの?と聞いたら、楽しかったけど濡れて寒かったと言う
風邪の原因はそれかも…
口うるさい長女には内緒にしておこう

さて、夕方、今度は次男から大きな小包が届いた
今頃何?出産のお祝い返しにしては3月もたっている
赤いリボンをかけた箱から出てきたのは可愛いピンクの按摩座布団
先日の公園で、嫁が「お母さんはピンクが好きなんですか?」と聞いてきた
ピンクのセーターを着ていたからだと思って、「そうよ」といったけど、これだったか!
早速、腰に当ててもみ玉に揉まれながら嫁に電話したら、誕生日祝いだと言う
誕生日は1ヶ月前だったけど、触れずに「ありがとう。うれしい」といった

今年はいい年になりそうだなあ…なんて一人ニコニコ
嫁の産休も残り2か月をきったそうで、4月には職場復帰になるという
5ヶ月の赤ん坊と3歳の聞かん坊…近くに実母がいるとはいえ大変だろうと思う
いよいよ沖縄本島への転居が現実味をおびてきたのかも?
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by isozineko | 2012-02-03 13:41 | こころもよう | Trackback | Comments(2)

外れても踏みとどまっても人の道

NHKの朝のドラマカーネーションが面白い
朝ドラといえばチンタラ進んで3,4日見なくても筋が繋がるのが常と思ったが
最近のは進みようが早い、1日見ないと展開が読めなくなったりする

組合長の紹介で紳士服職人として預かった男性に秘めた恋心をだく糸子
二人で協力することになったレディーメイドの会社の立ち上げの日、
最後の挨拶に行った糸子は、男に好きでしたとだけ告げて帰ろうとする
男はオイも好きでしたと告げて糸子を抱きしめた

男には原爆のために体の弱い妻と子どもがいた
一生背負っていかなければいけない家族だと覚悟しつつも、
辛いときに糸子を想うことで心に平和を見出している
2人の距離は近づくことなく、お互いの存在を感じるだけで幸せだった
中傷され、糸子に迷惑をかけられないと相談に行った男に、組合長は言う

  人は人の道に外れてはいけない
  外れんために道がある

  しかし、外れて苦しむのも人の道

  外れても踏みとどまっても人の道

  命は燃やすためにあるんや 
  迷惑をかけたらいい

 あ~組合長!深いなあ…ドラマの展開から目が話せない
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by isozineko | 2012-01-26 19:08 | こころもよう | Trackback | Comments(0)

昔話ー39年前のイブのこと

39年前の1昨日クリスマスイブ、東京は大雨で嵐のような天気でした。
某会館で文金高島田の私は21歳。
雨降って地固まると、叔父が餞の言葉を言ってくれました。
地は固まらなかったけど、あの雨は慈雨だったのでしょう。
4人の子どもに恵まれ、今は孫も6人になりました。
Commented by kattyan62 at 2011-12-27 00:09

★isozinekoさん、39年前と云えば僕は26歳。娘が生まれていましたね。
クリスマスイブに式を、今がどうであろうと最高のイブだったことでしょうね。
写真を見たいですね、花嫁姿。
子どもが結婚して7人ですね。それに6人のお孫さん。
Commented by isozineko at 2011-12-27 19:39

当時はクリスマスの前の日と言うだけで、イブの意識はありませんでした。
式は現役の教師だった夫の両親が、冬休みになってすぐという意味での24日だったのです。
12月も24日と言うのに、台風並みの吹き降りで、玄関を出てすぐお気に入りの赤い唐笠が破れました。
凄い雨で、振袖を着る予定だった従姉妹や友人たちは急遽洋服に変更、
帰りは総武線が途中駅から先が浸水したとかで2,3日止まり、
道路もあちこち冠水してバスも出ず、お客さんは1泊してタクシーで回り道して帰ったそうです。
今思えば、大波乱の幕開けだったんですね。


あれから39年たち、私は還暦を迎えました。
長かったような、そうでもないような…
悔しかったことも、淋しかったことも、泣いたこともありました。
それに幸せだったこともたくさんね。

もう1度同じ人生をするかと聞かれれば、それもイイカモ…と思います。
でも、今度はもう少し上手に立ち回って、自分の居場所ぐらい確保しておくでしょうね。
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移転した消防署あとに灯されたクリスマスツリー
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by isozineko | 2011-12-27 19:51 | こころもよう | Trackback | Comments(0)

新しい気持ちで

東京から帰ったら、車検を終えた車が戻っていました。
請求書を見てため息。こんなにかかっちゃうのね。
家賃と車検代を払ったら、振り込まれたばかりの給与がマイナスです。

出発前に総務部に要望書を提出していました
 自家用車を使って会社の業務を恒常的にするのは、会社のあり方として正しくない
 今回の車検見積り額がこのように高額なのは、恒常的な業務使用によるものである
 ついては、業務使用で痛んだ分の補填として、車検費用の半額を負担して欲しい
 今後は自家専用に戻したいので、業務用車を準備して欲しい

本来なら組合を通して交渉するのでしょうが、定年退職に伴い昨年いっぱいで脱会しています
これで立場が悪くなるようなら、それこそ潮時で、子供らのいる本島に転居する踏ん切りがつくというものです。
思えば、20年前の非常勤から社員登用の交渉に始まり、忙しくてまったく取れなかった年休の退職後の行使(実質わずか3日でしたが)まで、肝心なところは組合に助けてもらえませんでした。
要望は自分のためだけではありません
言わなければ、同じような状況が待っている後輩たちのためにも、道理を通しておきたかった。
これまでも女性のお茶汲みやお昼当番、受付に集中していた電話の分散や、窓口業務や事務処理の女性固定化の改善など、ずいぶんと口を出してきました。
女性が少なかったから、男性社員からは反感も買ったし、いやみも言われたけど、今のように男女へだてない業務分担になったきっかけを作ったと思っています。
途中入社で歳かさも上だったし、扱いにくい気の強い女だと思われたことでしょう。
でも、愛社精神は人一倍強かったと思うし、自費で花を飾ってきたし、ほんとは気の優しい人なのだけどね。

結論を言うと、思いがけないことに要望がみんな通ったんです。
車は、専用ではないけど、総務部長専用だった車を共同使用していいということでスペアキーをもらったし
社長がいい顔をしなかった車検半額負担の要望も通ったんです。
正論だと思ったら、諦めないで言ってみるものですね。
そういうわけで、先週から社名の付いた車を運転しています。
うれしい反面、会社の看板を付けて走っているのですから、めったなことはできません。
違反で捕まったりしたら責任も重大な気がして、ちょっと肩が凝っています。

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2番穂の田んぼに集まったバンの一家
いつもは遠くからしか見えないのに、今日は逃げずに写真に納まってくれました
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by isozineko | 2011-11-15 18:12 | こころもよう | Trackback | Comments(2)

甥の結婚

土曜日に甥っ子の結婚式があって、招かれた息子が那覇から帰ってきた
甥っ子は元夫の姉の子で、40歳近くなってやっとできた長男。
ウチの長男、長女とも歳が近い従弟で幼馴染だ
母親は美人な上明るくて、気丈で芯の強い人だったが甥っ子が5歳のとき亡くなった
甥っ子は色白で病弱な子だったから、哀れも手伝ってか姑が溺愛した

息子が小学校低学年の頃、
ウチの子達が、家に籠りがちだった従弟を連れて遠くの友達の家に遊びに行ったことがあった
外でかくれんぼをしていたが、友達はいつの間にか帰ってしまったらしい
妹は早く帰ろうと言ったのに、息子は鬼になった友達がまだ探していたら悪いと言って聞かなかった
薄暗くなってから、取り残された息子は2つ下の従弟を負ぶって暗くなりかけ道を帰ってきた
妹は従兄弟と同い年だったが、黙って後ろを付いて歩いて来たという
我が家の玄関にたどり着いたころはもう暗くなっていた

帰りが遅いと心配していた姑は、肌寒くなってきたのに薄着の彼が熱を出すと言って息子たちを叱り
私は帰りが遅いと言って、疲れ果ておなかがすいていた子どもたちを問答無用で玄関に立たせた
厳しい姑の手前、私も嫁の立場を優先して、子どもらに辛く当たったのだろうか
私はもう忘れていた出来事だったが、理由も聞かずに家に入れてもらえなかったそのときの悔しさを、
34歳になった娘はいまだに覚えていると言う
先月そんな話をしたばかりだった

そんな甥っ子が元気に育って、結婚式を挙げるという
亡くなった義姉も姑も天国で喜んでいるだろう
本土各地に散らばっていた元夫の兄弟姉妹が、義姉の忘れ形見の結婚式に集まったようだ
私も、従兄弟代表で出席する息子を空港まで迎えに行き、父ちゃんに会うと言うので実家の近くまで送った
自分から縁を切ったと言っても実の親、自分も父親になってみれば、結婚式で会うからといって知らん振りもできないのだろう
思えば昔から、正義感が強くて、まっすぐなやさしい子だったと思う

しばらくぶりで会った父親は、少しやせていたが元気だったらしい
年金をもらっているので、暮らし向きに困っているわけでもないようだが、
親が若いころに建て替えたという家はもう50年余りになるので傷みがひどいと言っていた
車も錆びてぼろになっているのに、頓着もせずに兄弟たちを乗せていてびっくりしたと言う
かっこ悪いことが大嫌いな人だったのに、人間、こうも変わるものか

夕方、同じく本島から来た義姉から電話があった
 いろいろ世話になっているようで、ありがとうね。あんたは出席しないの?
 ーはい、一応聞いてくれたけど、私が行くと気分の悪くなる人もいるから遠慮しますね
 そうだねぇ  と笑いながら、本島に来たときはたまには顔を出しなさいよ と言ってくれた
元夫の兄弟とは、気持ちのすれ違いがいろいろあってお付き合いも遠くなった
もう縁のなくなった元義妹なのに、義理でも何でもこんな風に声をかけてくれる義姉の気使いが嬉しい
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by isozineko | 2011-10-17 18:23 | こころもよう | Trackback | Comments(8)

大丈夫?と聞かないで

昼のNHKのトーク番組で尾木ママが言った言葉に共感
子どものワンポイント相談だったな。
きっかけがつかめないって言う、お母さんからの手紙。

  大丈夫?って聞かれたら あなたなんて返事します?
  大丈夫じゃなくても つい 大丈夫 って言っちゃうでしょ
  大丈夫って聞いちゃだめなんですよ。

  ○○はどんな具合? と内容について踏み込めば
  ここんとこがイマイチ分からなくてさ~ 何か言い方法ないかな…
   と言う具合に相談がしやすいって。

なるほどね!と思いました。
子どもじゃなくっても、そういうことって多いかも…

ちょっと気になったときとか 大丈夫?って、つい聞いちゃいますよね。
そう言われると、『大丈夫です』って反射的に口に出るんだよね

普段から軽口叩ける人なら、大丈夫じゃないよ。大変だよ~といえるけど
心配させちゃ悪いな とか思ったりすると 
『大丈夫ですよ。ありがとね』って言っちゃうよ。ホントは相当困っててもさ

聞いたほうも 『そう ならいいけど、困ったときは言ってね』
なんて さらっと済ませて 心配してやった気になって満足しちゃうんだよね

踏み込んで聞くって ホントは難しい
だって 普段からよく見てなきゃ聞くポイントが分からないし
それに 聞いた以上は本気で力にならないとね?

  何か困っているんじゃないの?
  私で力になれることある?
 
 さらっと そう言える付き合いがしたいね
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by isozineko | 2011-09-02 10:34 | こころもよう | Trackback | Comments(2)

買うべきか?買わざるべきか?う~ん!

このところずっと安い中古住宅を探していたんですが、建売の新築で手ごろな物件がありました。
それでも予算からはけっこうオーバーします
銀行の借り入れを相談してみたら、不足分を10年の借り入れで毎月3万6千円の返済
それなら今の家賃より安いです
10年は無理でも、あとも5,6年は何かしら働けるでしょう
年金をもらいながら働いた分で返済するのは難しいことではない?

さて、その後、90歳まで生きるとして年金だけで暮らしていけるのか、
それともアパート家賃を払いながら手持ち資金を細く長く食いつなぐほうがいいのだろうか?
家を買えば家賃の支払いはなくなるが、固定資産税が毎年請求されるし
国民健康保険の不動産割り増しが大きい と聞いて役所を訪ねました

不動産取得税は特例措置で大幅に軽減できそうですし、税務申告すれば銀行借入残金の1%が所得税から帰ってくるそうです。しかも10年間。
固定資産税を試算してもらうと、土地の分は最低ライン内で課税0、家の分だけ年間5万円だそうです。
国民健康保険は資産割増し分があって、年間100万円の年金に対して支払額が15万あまり。
残りで暮らすとなると月6.6万円、これで光熱費、食費に医療費、保険料、交際費、家のメンテナンスのすべてをまかなうのは無理でしょう?*8万と思ったら計算ミスで6.6万だった!ショック!
貯金がなくては、旅行はおろかいざというときの病院代にも困る。
老人一人世帯の公営住宅はほとんどないに等しい
で、今のままの家賃を90歳まで払い続けたとして、合計1440万。
どっちにしても大変なことは一緒です。
同じ年金オンリーになるなら、家があった方が将来売るなり貸すなりして多少取り戻すことは可能かしら?
散々頭を悩ませた挙句、結論が出ません。
一応平均年齢以上は生きるつもりだけど…どうしたらいいでしょう。
もうひとつの選択肢として、
長男に、将来同居を視野に、沖縄本島での家作りを投げてみました。
嫁にとってうるさい姑にはならないつもりなのですけどね。
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by isozineko | 2011-08-26 18:25 | こころもよう | Trackback | Comments(8)

挫折禁止

息子との話をブログで愚痴ってしまったが、心優しい方々からいろいろご意見をいただいた。
私の付き合いの狭いブログでは初めてではないかと思うくらいたくさんののやり取りがあった。
こんな小さな個人ブログでさえ、ああだこうだと話が広がるのだから、
世の中にはほんとに掃いて捨てるほどの家族親戚問題があるのだとうなづける。
それぞれ風習も環境も違うのだし、個人の考え方なんてそれこそ100人100様なのだから
ひと括りにこうすればいいと言う妙案もない
まじめに向き合って、時には目をつぶってみない振りをして、丁度いいところを探すしかないのだろうと思う。
コメントをいただいた皆さん、ありがとうございました。
ずいぶん参考になりました。

さて、昨日、交差点の信号待ちで目の前にいた車の後部にこんなステッカー

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左折禁止ならぬ挫折禁止!
おもわず クスリ
でも、そうよね、何があっても生きていくことに挫折はしない。
1歩ずつでも歩くことを止めなければ、大抵のことはきっと何とかなるはず。

明日からしばらく実家のお盆に行ってきます。
父の3年忌でもあるし、大手術を乗り越えた妹の元気な顔も見てきたいしね。
記事はケータイでアップできるけど、コメントのお返事は帰ってからさせていただきます。
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by isozineko | 2011-08-11 12:47 | こころもよう | Trackback | Comments(6)

友達

独居老人の独り言だなんてタイトルで、時として淋しい苦しい胸のうちをかいた方がいました
身につまされてね、私だってその気持ちよく分かる
多分、独居老人でなくたって似たようなこと思うはずだよ
連れ合いがいたって心の寂しさは埋められないことだってあるし
大家族の中で孤独を抱えてしまう人だっているだろうし…

普段は忙しい振りして自分を追い込んでいてもあるとき不意に訪れる無力感
暮らしはがんばれば何とかなる
それでも、心に開いた穴って、どうしようもなく孤独なんだよね
要はどうやってそこを抜け出すか
やっぱり自分を気遣ってくれる誰かがいるんだって思うことしかないよ
電話1本で気持ちが救われるって事あるもの

だいぶ前にブログでコメントやり取りしていた方がいてね
外国へもどんどん出張するような会社の社長さんだったみたい
仕事の合間の気分転換かな?短い分と写真で身の回りのいろんなこと紹介していた
そのうちブログどころじゃなくなったんでしょうね、閉じてしまった
閉じる前、困ったときにはこちらへといって個人メールを教えてくれた
1度も電話もメールもしたことがないし、本名も知らない
ものすごくうれしかった
どうしようもないときに力になってくれる人がいるって思うだけで踏ん張れる
でも、かけてみようと思ったことはないのお守りだから

あれからもう3年余りなるかな、お守りはお守りのまま 番号も忘れた
たぶん、お守りの効力も時効だよね、番号だって変わっているかも
遠くの親戚より近くの他人っていう。私だってきっと誰かの力になれる
地理的には遠くてもバーチャルの友達でも気持ちを支えあうことってできると思うんだ
私だってずいぶん支えられているもの
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by isozineko | 2011-08-01 13:13 | こころもよう | Trackback | Comments(3)

役にたちたいのだけれど…

人の暮らしにはいろいろあるもので、
傍から見て平和な家庭が必ずしもそうでなかったりする
生きているのだからいいことも悪いこともあるのは道理で
今ちょっと不幸だからといって明日も明後日も不幸だとは限らない
心の痛みも、転んだ怪我の痛みだって、いつか癒える日が来る

そう思うから我慢もしていられる
でも、どこまでも消えない痛みならどうなんだろう
いつ治るのか分からない病にかかって、もしかしたら治らないかもしれなかったら…
明日より明後日が、1ヵ月後が、もっと悪い状況になるのだとしたら…
身近にそういうことがあって、楽天家の私もさすがに笑ってばかりいられなくなった

痛いのは私じゃないけれど、つらい気持ちは分かる
どんな慰めを言ってよいか分からないし、なんの手助けもできない
くよくよしたって同じ1日、気持ちを明るく持って…と言ったところで他人事なんだよね
私がそばにいるよ、弱音を吐きたかったらいつだって聞くよ…
黙って抱きしめてやりたいのだけれど、そうも言えない…
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by isozineko | 2011-06-03 13:10 | こころもよう | Trackback | Comments(8)