地上の「月」と十五夜の風習

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今朝のBSで素敵な番組を見ました。
地上にある「月」のお話です。

「月 3km」の看板の先にあるのは「月」という地名の集落 です。
正式名は「浜松市天竜区月」。
南北朝騒乱の時代、楠木正成に仕えた源氏の一族が北朝に敗れ、12人の家子郎党を連れてここに落ちのび「楠木正成公の心の清らかさを月になぞらえて、自分たちの心のよりどころにしよう」と村の名を「月」とつけたとか。
現在は、わずか十数軒の民家が残っている程度の小さな集落で、お茶を作って暮らしを立てているそうです。
十五夜の晩に、新茶と作物、へそ餅という真ん中が窪んだ月見団子を月の神に供えます。
この地方では、昔、子どもたちは月の使者と考えられたそうです。
十五夜の晩には狐面を着けた子どもたちが集団で門口の闇に潜み、家人に見つからないようこっそりと、縁側にお供えした供物を取って回りました。
大人たちは、「お月さんがお供えをもって行った」と言ったそうです。

八重山にも旧盆の送りの晩に、満月の明かりの下で門口に供えた先祖へのお供えを子どもたちがこっそり取っていく風習が3、40年前までありました。
沖縄では、子どもたちはご先祖さんの使いだったわけですね。
同じような風習が和歌山と沖縄にあった事に驚きながら、今はもう無くなってしまった心豊かなぎょうじに想いを馳せました。
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by isozineko | 2017-02-24 11:47 | Trackback | Comments(0)

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