山の彼方の空遠く

山の彼方の空遠く幸い住むと人の言う
で始まるカール ブッセの詩を、最初に知ったのはいつだったろうかと考えた
背表紙が黄ばんでしまったような古い分教場の本を、片っ端から読み漁った小学生の頃
旧ふりがなでルビをふってあった小さな詩集の中だったように思うが
農村では珍しい旧制中学出が自慢だった祖父に、教えてもらったのかもしれない
祖父が、「いつか分かるよ」と言ったそれが、何を尋ねたときの答えだったのか忘れたが
あるいはこの詩のことだったかも…

目の前の広い耕地にはいっぱいに青い稲が育っていて
人家はその平地のはずれの低い山の周囲に点在していたふるさと
今だってほとんど変わらない景色なのだけど…

その頃はTVもなく、小学生の世界は狭くて、目に見えるものだけが物差しだった
周囲はかやぶきの家ばかりで、瓦屋根はお大臣の家と相場が決まっていた
田んぼのはるか向こうに点在する集落の瓦屋根が、朝陽や夕日に光るのを見て
あそこはお金持ちで豊かな暮らしがあるのだろうと漠然と思った

そんな小学生の頭に、「山の彼方の空遠く幸い住むと人の言う」のフレーズはすんなり入ったはず
光る屋根の家は近くに行けばもう光ってはいない
そこから見えるのは、また別の家の光る屋根なのだ
どんなに遠くまで訪ねていっても、たどり着くことはない
がっかりして振り返ったら、我が家の屋根が光っているのを目にする

他所をうらやまなくたって、我が家だって他所から見れば光る家だったじゃないか
そうして帰ってきてみれば、また向こうの家が光っている
  「山の彼方になお遠く 幸い住むと人の言う」
人は幸せの中にいても気付かずに、幸せはここではないよそにあるはずと思ってしまうもの
小学生が感じ取ったその詩の意味は、私の人格形成に影響したかもしれない
私もどこかにある幸せを掴まえるために実家を出た一人だった

10年も前だろうかスマップが出した『夜空の向こう』の詩のフレーズに衝撃を覚えた
「あの頃の未来に僕らはたっているのかな」
あの頃描いた未来の自分像がなんであれ、
もうそのときを過ぎてきたのだという感覚はなかったから…
昔夢見た山の彼方のその場所に、自分は今、立っているのだろうか
そして、この先も幸せな未来があると思い描けるのだろうか…

いろんなことを知りすぎてしまったが、それでも「ある!」と思いたい
私も永遠の旅人?
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by isozineko | 2013-03-21 17:44 | こころもよう | Trackback | Comments(2)

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Commented by kattyan62 at 2013-03-24 22:29
isozinekoさんは早熟だったん? 
早熟とは、言葉や知識が増え、言葉を理解して初めて到達するもので、言葉を理解できない間は幼児と同じです。僕が言葉を知識として理解しだしたのは十代の後半です。それまでは自転車で遠出したり、免許もないのにバイクを乗り回したりしてたガキでしたね。
唯一、18歳に夢想したのは未来の嫁さんの事でした。ですからみっちゃんに猛アタックしたと言えるかもしれません。
Commented by isozineko at 2013-03-25 01:42 x
早熟でしたよ。初恋は幼稚園だし、中1で切ない片恋したし…
詩集にハマったのは5、6年生でしたからね。神経は太いのに内気で感情表現できないアンバランスな子でした。