甥の結婚

土曜日に甥っ子の結婚式があって、招かれた息子が那覇から帰ってきた
甥っ子は元夫の姉の子で、40歳近くなってやっとできた長男。
ウチの長男、長女とも歳が近い従弟で幼馴染だ
母親は美人な上明るくて、気丈で芯の強い人だったが甥っ子が5歳のとき亡くなった
甥っ子は色白で病弱な子だったから、哀れも手伝ってか姑が溺愛した

息子が小学校低学年の頃、
ウチの子達が、家に籠りがちだった従弟を連れて遠くの友達の家に遊びに行ったことがあった
外でかくれんぼをしていたが、友達はいつの間にか帰ってしまったらしい
妹は早く帰ろうと言ったのに、息子は鬼になった友達がまだ探していたら悪いと言って聞かなかった
薄暗くなってから、取り残された息子は2つ下の従弟を負ぶって暗くなりかけ道を帰ってきた
妹は従兄弟と同い年だったが、黙って後ろを付いて歩いて来たという
我が家の玄関にたどり着いたころはもう暗くなっていた

帰りが遅いと心配していた姑は、肌寒くなってきたのに薄着の彼が熱を出すと言って息子たちを叱り
私は帰りが遅いと言って、疲れ果ておなかがすいていた子どもたちを問答無用で玄関に立たせた
厳しい姑の手前、私も嫁の立場を優先して、子どもらに辛く当たったのだろうか
私はもう忘れていた出来事だったが、理由も聞かずに家に入れてもらえなかったそのときの悔しさを、
34歳になった娘はいまだに覚えていると言う
先月そんな話をしたばかりだった

そんな甥っ子が元気に育って、結婚式を挙げるという
亡くなった義姉も姑も天国で喜んでいるだろう
本土各地に散らばっていた元夫の兄弟姉妹が、義姉の忘れ形見の結婚式に集まったようだ
私も、従兄弟代表で出席する息子を空港まで迎えに行き、父ちゃんに会うと言うので実家の近くまで送った
自分から縁を切ったと言っても実の親、自分も父親になってみれば、結婚式で会うからといって知らん振りもできないのだろう
思えば昔から、正義感が強くて、まっすぐなやさしい子だったと思う

しばらくぶりで会った父親は、少しやせていたが元気だったらしい
年金をもらっているので、暮らし向きに困っているわけでもないようだが、
親が若いころに建て替えたという家はもう50年余りになるので傷みがひどいと言っていた
車も錆びてぼろになっているのに、頓着もせずに兄弟たちを乗せていてびっくりしたと言う
かっこ悪いことが大嫌いな人だったのに、人間、こうも変わるものか

夕方、同じく本島から来た義姉から電話があった
 いろいろ世話になっているようで、ありがとうね。あんたは出席しないの?
 ーはい、一応聞いてくれたけど、私が行くと気分の悪くなる人もいるから遠慮しますね
 そうだねぇ  と笑いながら、本島に来たときはたまには顔を出しなさいよ と言ってくれた
元夫の兄弟とは、気持ちのすれ違いがいろいろあってお付き合いも遠くなった
もう縁のなくなった元義妹なのに、義理でも何でもこんな風に声をかけてくれる義姉の気使いが嬉しい
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by isozineko | 2011-10-17 18:23 | こころもよう | Trackback | Comments(8)

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Commented by kattyan62 at 2011-10-17 20:53
身内が故の悲喜こもごもを背負っての出逢い。感慨深い電話での出会いだったんやね。電話と云えど、わだかまりがあるとダイヤルが重いのに、きっと良い人なんでしょうね。
子育てをしていると、怒鳴ったり殴ったなんて数回あっても忘れてるんやけど最近になって娘から聞きます。本心でなくとも大人の世界故に叱ったことが、息子さんや娘さんには悔しかったんでしょう。
今なら、姑はさて置き、抱きしめたんちゃうかな? 
Commented by taro012345 at 2011-10-18 00:43 x
人の記憶が残る一瞬は、なんで決まるのか、些細な記憶から忘れがたい記憶まで抱えることで、これからも生きていく自分の存在に納得しているのかもしれません。
義理の義理の中でも忘れられない思い出があり、不幸に一言書き添えたことで、お礼の電話がありました。認知症のお母さんなのに、覚えていてくれたのです。私も暖かい気持ちになりました。
Commented by isozineko at 2011-10-19 17:05 x
にいにい、夫婦と言えども所詮は他人、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとも言いますし…可愛い弟の別れた嫁となれば悪者になるの嫁のほうだと承知しています。
兄弟縁者もない土地で身内に反目されては暮らしにくいこともありましたが、何とかここまで来ましたね。我ながらよくがんばったと思いますよ。
Commented by isozineko at 2011-10-19 17:08 x
taroさんにも忘れられない思い出があるようですね。
人のやさしさ温かさ、自分が辛いときにかけてもらった言葉のありがたさは心に残るものですね。
そういうことのできる人に自分もならなくては…と思います。
Commented by fu-and-boro at 2011-10-20 15:06
isozineko さん、色々ご苦労なさったのでしょうね。
私は次男お嫁ですし主人の家族と一緒に住んだことがないので
大きなことは言えないのですが 義姉がよく自分の居場所が欲しいと言っていたことを思い出しました。 どんなところでも、汚いところでもいいから 堂々と自分が居れるところ、   わかるような気がしましたよ。
息子さんの記憶・・・鮮明に覚えていたのですね、
嬉しかったことより叱られた事、悔しかった事は忘れませんね。
余り会うこともままならないイトコ、 でもイトコがいるということが心強くする事も・・・。
そういう関係で良いと思います。

とんぼ玉・・・、いつか紹介してください。
Commented by にいにい at 2011-10-20 15:21 x
兄と云えど、別れた相手を悪者にするほどバカではないと思いますよ。
息子の元嫁にも、その後何度も会いました。孫を借りるためであったり、元嫁の都合で預かったりもしました。僕にとってはね、子どもを抱えた可哀想な子でしかありませんでした。けどね、僕が思うほど彼女には通じなかったようなんです、ハハハ ただのお人好しってのが実感ですね。
Commented by isozineko at 2011-10-20 19:05
おかんさん、自分の居場所が欲しいとおっしゃった義姉さんの気持ちよく分かります。今は部屋を借りて一人暮らししていますけど、ここはもう我が城我が天下です。
女は、恋人でもできて同居したとたんに自分の城でなくなりますからね。
多少の寂しさはあっても、この気楽さは手放せるものではありません。
とんぼ玉は、去年と今年の教室展のとき、チラッと紹介したんですよ。今年は8月はじめだったかしら。
Commented by isozineko at 2011-10-20 19:28
にいにい、姑の存命中からいろいろあったのですよ。
姑は内向きには厳しかったですが、他人には嫁の悪口など決して言わない人でした。だから近所では、良くできた嫁ということになっていましたよ。
その分、自分の娘である義姉や義兄には嫁や嫁が生んだ子のグチを言いますでしょ。
姑にもはけ口が必要ですから、無理もないことですが、別れたとなれば義兄姉は当然「あの嫁では…」と思われるでしょうよ。
身に覚えのないことまで、私がやったことになっていたりしましたね。