役にたちたいのだけれど…

人の暮らしにはいろいろあるもので、
傍から見て平和な家庭が必ずしもそうでなかったりする
生きているのだからいいことも悪いこともあるのは道理で
今ちょっと不幸だからといって明日も明後日も不幸だとは限らない
心の痛みも、転んだ怪我の痛みだって、いつか癒える日が来る

そう思うから我慢もしていられる
でも、どこまでも消えない痛みならどうなんだろう
いつ治るのか分からない病にかかって、もしかしたら治らないかもしれなかったら…
明日より明後日が、1ヵ月後が、もっと悪い状況になるのだとしたら…
身近にそういうことがあって、楽天家の私もさすがに笑ってばかりいられなくなった

痛いのは私じゃないけれど、つらい気持ちは分かる
どんな慰めを言ってよいか分からないし、なんの手助けもできない
くよくよしたって同じ1日、気持ちを明るく持って…と言ったところで他人事なんだよね
私がそばにいるよ、弱音を吐きたかったらいつだって聞くよ…
黙って抱きしめてやりたいのだけれど、そうも言えない…
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by isozineko | 2011-06-03 13:10 | こころもよう | Trackback | Comments(8)

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Commented by kattyan62 at 2011-06-03 14:00
幸、不幸は人によって不平等に訪れるものですね。
幸せだと知るには、不幸な人を見て感じられるものだと思っています。
だからなんですが、僕の不運などをブログに書くことで、皆さんの幸せな環境を感じて欲しいと考えてのブログでもあるんです。
時折は、抱きしめ慰めて欲しい時もあります。
Commented at 2011-06-03 14:07
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by isozineko at 2011-06-03 18:48
にいにい、禍福はあざなえる縄の如しといいます。
また、一生分の幸いは決まっていて、早く訪れる人もいれば遅くに訪れる人もいるともいいます。
金持ちが幸福で、貧乏人が不幸かといえばそうでもない。
幸せかどうかは、それぞれの人のものさしで変わると思います。
他人からは不幸な人に見えても、本人にはそうでないかもしれません。
だから、人の苦労を大変だろうなあと思うことはあっても、その人と比べて今の自分が幸せだと感じるのは、とても失礼な気がします。
Commented by isozineko at 2011-06-03 18:50
鍵さん、おめでとう。よかったね。
Commented by taro012345 at 2011-06-04 10:56 x
そんな場合に言葉のかけようがありません。心を開ける相手は同じ病の人か家族、時に兄弟でしょうか。親しい友といえども入れない世界になります。
Commented by isozineko at 2011-06-04 18:36 x
taroさん、離れている姉妹でも力になれる方法があるでしょうか?
我が家は母の兄弟のほとんどが何かの癌を患っていましてね、叔父二人は亡くなっています。
遺伝的確率は低くないと思って検診はマメに受けているんですが、今回は妹が検診でひっかかって、精密検査を受けているんです。
進行具合と、手術が可能か、転移はないかの検査だそうです。
本人はけなげに平静を装って仕事もしているらしいですが、5,6年前に同じ病であっという間に母親をなくした経験のある旦那の落胆が大きいようです。
発見が早ければ手術で治る病気ですが、初期ではないというので気になります。田舎で90過ぎの姉と暮らしている母親には言えません。
もう一人、近い友人が家族の錯乱が心配で眠れなくてご苦労されていることを知りました。私には話を聞くことしかできません。
Commented at 2011-06-06 16:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by isozineko at 2011-06-14 09:53
鍵さんありがとうございます。
気付くのが遅くなって今日拝見しました。